マイクロソフトで働くエンジニアパパの子育てブログ

英語教育やプログラミング教育などの話題を中心に子育てについて書いています。このブログは私個人に属するもので、所属する企業の見解ではありません。

バイリンガルの子供の頭の中には英語の木が生えている。長女が感覚で過去形を理解していた話。

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子供は言葉を学ぶ過程で勝手に文法を理解していきます。ルールを勉強したわけではないのに文法を理解しているのは本当に不思議です。耳から入ってくる音から感覚で法則を見つけ出しているんですよね。

ある言語のネイティブスピーカー、例えば英語のネイティブスピーカーだと「英語の発音が良い」ことこそが最大の特徴であるように語られがちですが、私はこの「なんとなく感覚で文法を理解している」ことこそがネイティブスピーカーの証だと思っています。

私が娘に英語育児をする上で目指していることのひとつがまさにこれを身に付けさせることです。娘の発音に関してはほとんど興味のない私ですが、この文法に対するネイティブスピーカーレベルの感覚は是非娘が身に付けられるよう頑張りたいです。

子供が日本語を覚えていく過程でも当然このように文法を感覚で理解していくのですが、自分が日本語のネイティブであるせいかあまり驚きがありません、というか気が付きません。しかし英語の場合だと、自分が一生懸命勉強したはずの文法のルールを娘が感覚で使いこなしているのに気がついてビックリさせられます。

例えばすこし前になりますが、こんなことがありました。娘はまだ過去形とかそんなものまるで分かってないのですが、あるとき「I see-ed something yesterday.」みたいな発言して大変私を驚かせました。seeの過去形はsawなのでもちろん間違いなのですが、この間違いをしたということは娘はedを付けると動詞が過去形になるという英語の文法法則を理解していたのです。

以前に紹介した湯川笑子さんの著書でも、お子さんが「誰かの誕生日ではない日」のことを「un-birthday」と表現して湯川さんが非常に驚いたというエピソードが載っていました。unを付けると単語の意味が否定されるという文法を感覚で身に付けていたことになります。

私はこのように言語の文法というか構造を理屈ではなく感覚で理解していることを「その言語の木が頭の中に生えている」と表現しています(あるバイリンガル本の受け売りですが。)バイリンガルである場合、木が二本頭の中に生えているというわけです。

私のように後天的に英語を身に付けた人間の頭の中には英語の木は生えていません。私の英語力は、私の頭の中にある日本語の木から生えている枝に過ぎないのです。もちろん努力によって大きく力強い枝にすることはできますが、しょせんそれ自体は木にはなりません。

長女の頭にはどうやら英語の木が根ざし始めているようです。この木の根をしっかりと生やさせて、大きく強く育てていくことこそが英語育児だと思っています。