マイクロソフトで働くエンジニアパパの子育てブログ

英語教育やプログラミング教育などの話題を中心に子育てについて書いています。このブログは私個人に属するもので、所属する企業の見解ではありません。

自動翻訳の技術が大幅に進化!技術革新で英語学習の意味がなくなる?!英語力の未来を考えてみる。

Google Translate

英語力の未来ってどうなる?

英語に何かしらの興味をお持ちの方であればSkypeは馴染み深いと思いますが、最近Skypeのリアルタイム翻訳機能に日本語のサポートが追加されましたよね。本当に便利な世の中になったものです。

近年は機械学習と呼ばれるコンピュータにそれはそれは大量のデータを覚えさせ、そこから今後の予測に利用するパターンを解析する技術が大きく発展し、各分野に大きな変化をもたらしています。

語学界隈で言えば、上記のリアルタイム翻訳をはじめとして、自動的に翻訳(専門用語では機械翻訳と呼びます)をするサービスの質が大きく向上したことが話題になっていますよね。これも機会学習の飛躍の恩恵です。

我々の子供たちが社会に出て活躍しているのは今から10年後や20年後の未来です。そのときは技術がもっともっと向上しているはずですよね?

そのとき子供たちがいま頑張っている、身に付けようとしている英語力の未来はどうなってしまうのでしょうか?無駄になってしまうのでしょうか?技術の進化の側面から、英語力の未来を考えてみたいと思います。

リーディング力の未来

これは今にはじまったことではないですが、「単に情報を得ることを目的としてのリーディング」の価値は今後もどんどん下がっていくと思います。

今でも既に英語圏のニュースがあっという間に日本語に翻訳され、我々の手元に届いております。

あっという間という程ではないですが、英語圏の書籍なども素早く日本語で我々のもとに届きます。翻訳の対象にならないような余程マイナーな情報でない限り、英語圏の情報を日本語で得るというのは既にあまり問題がなさそうです。

今後は技術の進化によりさらにあっという間に情報が届くようになり、かつカバーされる情報の範囲も無限大に拡がるでしょう。会社の同僚とのメールというような、ある程度のリアルタイム性が求められる状況でも問題はなさそうです。

一方で情報を得ることを主目的としないリーディング、例えば小説や詩や随筆を読むリーディングもありますよね?

これは今と変わらない形で存在しているのではないでしょうか。誰かの思想、論理、感性に触れたいといったテーマは技術の進歩に関係なく今後も普遍的に続くと思います。

ライティング力の未来

技術の発展により、例え何語で文章を書いたとしても、世界に向けて発信できるようになっているのかもしれません。

例えば研究論文など、表現よりは科学的根拠や結果を伝えたいような文章の場合、機械翻訳がかなり良い仕事をするようになるのではないでしょうか?

しかし感情的に何かを訴えることが重要であるとき、その人なりのニュアンスや文化的コンテキストが必要なとき、やはり機械翻訳では出来ない仕事があるように思います。

リスニング力の未来

例えば海外の大学の講義を動画で観て勉強したい、みたいな用途であれば、機械翻訳が随分の助けてくれるでしょう。

今現在ではリアルタイムで自動翻訳を使いながら授業に参加する、というようなトコロまでは実用性が追い付いてないと思いますが、10年後ならそうなっている可能性が高いです。

ものすごくリアルタイム性が求められる場面、例えば海外ネットワーキングのパーティに参加してビジネスのコネクションを作りたいんだ、というようなシチュエーションで自動翻訳が実用的になっているでしょうか?

これはドラえもんの翻訳こんにゃくレベルに技術が発展していないと辛いかもしれません。

言語にはコミュニティを形声する力があり、このコミュニティに属するためにはある程度のテンポで会話を続けられる必要があると思います。

もちろんあなたがある高い技能の持ち主だったり、大きな資金力を持っていたり、相手の方が是非あなたの話を聞きたい、というシチュエーションであれば大きく話は変わってくると思います。

スピーキング力の未来

一回限りの単発的な会話、例えばホテルに予約の電話(が将来残っているか分かりませんが)をするとか、何かを問い合わせるとか、そういうシチュエーションでは技術が助けてくれるようになるでしょう。

継続的な関係であっても、リモートで仕事をしているパートナーとかチームメイトであれば上記のSkype翻訳で関係が成り立ちそうです。

一方で物理的に一緒に働く人とのコミュニケーション、感情に訴えかける必要のあるスピーチ等は、やはり技術に頼らず自分で行う必要があるのではないでしょうか。

上述の通り、ある言語を話すコミュニティに参加したい、例えばシリコンバレーの起業家のネットワークに参加したい、そういうケースではやはり自分の力で話す必要があると思います。

まとめ

機会学習のブレイクスルーが語学学習に与える影響はおそらく小さくないと思います。語学が出来ない人に対するアドバンテージはだんだんと減っていくでしょう。

一方でその語学の実際の使用者でないと得られないメリットというのも存在し続けると思います。人との人とを繋ぐ力などは顕著な、そして重要な一例ではないでしょうか。

また上記では英語の能力別に見解を述べましたが、ご存知の通りこれらの能力は互いに強く関連している為、別々に論じるのは無理がある場合もあります。

技術の進化はおそらく止まることはありません。親としてするべきことはそれを恐れることではなく、受け入れることだと思います。

語学学習が無駄になる、必要なくなる将来はおそらく来ないでしょう。ただその在り方が時代と共に変化していくんだと思います。それを我が子と共に迎え入れる親でありたいものです。