I am your daddy

「I am your daddy!」この世に降り立ったばかりの娘にそう告げたとき、私の英語育児は始まりました。これはその記録です。

今後の焦点は娘の英語の「保持」なのかについて考えてみる

娘が急速に英語を話せるようになった関連の親バカな書き込みが続きましたが、今回はちょっと冷静に今後について考えてみたいと思います。具体的に言うと、今後の英語育児の活動の方向性がいわゆる「保持」なのかということについて書いてみたいと思います。

正直昨日くらいまでは「これからは保持だな」なんて思っていていました。以前に購入した、英語を忘れてしまった帰国子女の子供たちの話を書いた本を再読しなきゃ、なんて考えていたのですが、寝る前に色々と考えていたら冷静になることができました。

言語能力というのは結局複雑なバランスの上に成り立っているものであり、読む、書く、話す、聞くの能力を基礎とした非常に高度な能力です。まだ読み書きの概念すら成り立っていない娘がちょっと英語を話せるようになったからといって、さてこの能力を保持するべくそこを焦点にしてしまうというのは少し違う気がしてきました。

むしろこの滞在で娘が身に付けた、あるいは今後身に付ける会話の能力を足掛かりに、帰国してからの言語能力の向上を目指すべきなのでしょう。例えば曲がりなりにも会話ができるようになったことを、自分が話すことができる言語を読めるようになりたい、というモチベーションにつなげ、フォニックスなどをはじめとした読む能力の向上に繋げたりというようなことができれば理想的なんじゃないかと思います。

ちなみにこれを書いていて思い出したのですが、娘は徐々にお父さんである私が自分に日本語を話してこないことに疑問を感じつつあるようです。これもこちらで英語の会話能力が高まったことによる副産物でしょうか。なるべくそこに強い疑問を覚えないことを願います。

私たちはいかにして英語を失うか―帰国子女の英語力を保持するためのヒント

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