I am your daddy

「I am your daddy!」この世に降り立ったばかりの娘にそう告げたとき、私の英語育児は始まりました。これはその記録です。

Globish the World Over

Globish the World Over

Globish the World Over

ちょっと前になおぱぱさんの所で書かれていたこの記事で知ったGlobishという言葉で検索していたら見つけた本。ちょっと興味あったので買って流し読みしてみました。

Globishというのは言わば英語のサブセット、または英語をそれなりのレベルで習得している人なら誰にでもおそらく通じるであろうという単語、文法ルール、表現に絞った英語です。もっと言うとネイティブスピーカーにしか通用しないような難しい単語や、ややこしい文法ルールや、凝った表現などを使用しない英語というイメージです。注意しなければならないのはGlobishはブロークンイングリッシュではなく、きちんと正しい英語であることで、繰り返しになりますが英語という広大な言語の森の中の一部です。

英語が最早世界共通語としての地位を確立していることは好む好まずに関わらず事実で、著者も本書の中で指摘していましたが、それは英語が言語として優れているからそうなったとかそういう事では全くなく、むしろ英語は文字の並びと発音の関係などの例を見ても非常に非論理的で分かり辛い部分を含んでいる言語であり、今英語がこの地位に付いていることは歴史上の偶然というか、たんなる(英語にとっては)幸運であると思います。そしてこの世界共通語といのがポイントで、もはや英語の役割は英米その他の国の母国語としての役割をはるかに超えており、英語を母国語としない人同士のコミュニケーション、英語を母国語としない人と母国語とする人のコミュニケーションにも使用される言語となっており、そのためには素早く学べ、効率良くコミュニケーションを通して本当に達成したいものを達成する為の英語が必要であり、それがGlobishです。そしてこれは誰かが作り上げたものではなく、国際的な交流の場から自然と、そして必然的に生まれてきたものです。

これを読んで単純に思ったことは、私が普段使っている言語は確実にGlobishだなということですし、何だかんだ娘に身に付けてもらいたいと思っている言語もきっとGlobishなんであろうということです。勿論娘が英米の、例えば文学に興味を持ち、それについて勉強をしたいということであればGlobishを超えたレベルの英語に対する理解が必要でしょうし、どこまでのレベルが必要というのは娘の将来の希望や興味に依るところが大きいと思いますが。しかしそう考えると、果たしてGlobishレベルの英語で良いならば親子英語なんていう取り組みは必要なのだろうかという疑問が必然的に出て来ます。これについてはずっと考え続けなければならないテーマだと思いますし、そういうきっかけを与えてくれた良い読書になったと思います。

なお、なおパパさんのブログにしたコメントにも書いたのですが、昔イングリックという言葉で似たような概念が説明されていた記憶があります。一度だけアイルランドの事務所に出張したことがあるのですが、様々な国から来ている人が様々な英語を話している場にいて(自分もその一人なのですが)、ああ、これがイングリックなのかなと感銘を受けたのですが、この本を読んでそのときの感覚をさらに思い出しました。